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「BPC」を訪れるとまず目に飛び込むのは、エントランス正面を飾る大きなアート。ウィーンと日本を拠点に活動するアーティスト・水戸部七絵さんが手がけたこの作品は、「BPC」で始まる特別な体験の入り口として、訪れるゲストを迎えます。この作品に込められた想いと制作背景について、お話を伺いました。
ーゲストを最初に迎える象徴的な作品となっています。
どのような背景で描かれたのでしょうか。
これほど大きな作品に挑むのはこの時が初めてで、自分にとってもチャレンジでした。
私が初めて「BPC」を訪れたのは、オープン前の2023年春頃。まだ工事のタイミングで、ホテルのコンセプトも構想段階でした。そのときに伺った“ブラック”というテーマカラーと、空間を彩る植物の要素が、今回の作品づくりの起点になりました。
私は普段から人物の顔や著名人のポートレートを描いています。この作品に取り組む時は、世界の海をめぐる社会的な文脈をリサーチしていました。ちょうどその頃、ディズニーの実写版「リトル・マーメイド」が公開され、主人公のアリエルに黒人歌手が起用されたことで世界的に大きな議論を巻き起こしていました。その出来事に強く刺激を受け、マーメイドを主題として描くことに決めました。


ーそれぞれのモチーフに込められた想いを教えてください。
キャンバスには二人の人物が登場します。左がマーメイドで、向かいには黒人の人物を対比で表現しました。マーメイドは「理想の姿」を追い求めて描いたものですが、右の人物は制作の過程で自然に生まれた存在です。この二人は、人々がともに生きる理想的な未来を象徴すると同時に、近年頻繁に語られる「多様性」という言葉が本当に実現されているのか、向かい合う二人の構図を通して、その問いを投げかけました。
背景には、房総半島の開放的な景色を重ね、ブルーやグリーンで海や植物を象徴的に描きました。初めて「BPC」を視察で訪れた時、ランドスケープデザインを手がけるプラントハンター西畠清順さんが珍しい植物を植えると伺い、それをモチーフに不思議なお花などを描きました。左下のヤシの木や人物の帽子は、テーマカラーである“ブラック”を取り入れました。普段こういった作品にはあまり用いない色ですが、今回はあえて挑戦してみました。
絵の中に登場するいくつかの文字は、当時「リトル・マーメイド」のニュースで目にしたキーワードです。これまで文字を絵画の中に描き込むことは“タブー”としてきましたが、私自身の新しい表現として、絵にメッセージを入れました。

ー完成した作品を見て、感じたことは?
完成した作品は、想定を超える新しい表現との出会いでした。プールや植物に囲まれた空間に人物を描くことで、互いが共存しながら生き生きと存在しているように感じています。
当初の私は、著名な人物を描くことが多かったのですが、ここ数年で作風も大きく変化しました。コロナ禍の中で目にしたデモに参加する一般の方々や、個人のSNSで声を声をあげる人たちの姿に心を動かされ、徐々に匿名の顔を抽象的に描く作風へとシフトしていきました。この作品に取りかかったのは、まさにそうした新しいインスピレーションが芽生えた時期でもあります。
これまでの世の中では「絶対的な美しさ」に価値が置かれ、完璧さや理想的なフォーマットに縛られるのが当たり前でした。しかし、今の社会では、その“憧れ”や“ヒロイン像”そのものが揺らぎ始めていると感じています。
あの頃の私であれば、この作品は“マーメイド”単体のモチーフにとどまっていたかもしれません。

ー千葉とのご縁についてもお聞かせください。
アトリエを九十九里近い東金という町に構えています。このエリアは、海外のビーチサイドのような開放感があってとても居心地が良い場所です。東京にも拠点はありますが、このエリアは人目を気にせずのびのびと制作に集中できるので、自然とこちらで過ごす時間が長くなり、気づけばもう10年になります。
「BPC」が建っているのは、かつて中学校だった跡地なのですが、偶然にも、いつも私の作品を運んでくださっているインストーラーさんがその学校の卒業生だったんです。今回の搬入を手伝っていただいたことが、とても感慨深い瞬間でした。この地域にはアート関係者の仲間も多く、作品を通じて地元の方々に喜んでいただけることは本当に嬉しいことです。
ー最後に、ゲストへのメッセージをお願いします。
南部の海を抜け、木々に囲まれた山を越えると、ホテルのエントランスからそのままアートの世界に没入できる空間が広がっています。「BPC」のように多くの人が集う場所だからこそ、世代や立場を超え、さらには動物や昆虫までもが共存できるような場所だと感じました。
普段、作品が展示されるギャラリーは「アートを鑑賞する場所」ですが、「BPC」のようなリゾートは、人々が自然に集まり、交流が生まれる場です。そんな環境の中で作品が存在すること自体に、特別な意義を感じています。今回の作品を通して、新しい気づきや対話が生まれるきっかけになれば嬉しいです。
リゾートを訪れると、人は日常を離れ、幻想や夢のような時間に浸ることができます。アートにもまた、現実から一歩離れ、別の世界へと誘う力があります。この空間と作品を通じて、そのような感覚を少しでも感じていただけたらと思います。

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水戸部七絵さん
神奈川県生まれ。画家。現在、ウィーンと日本を拠点に作家活動を行っている。2011年、名古屋造形大学 卒業、画家 長谷川繁に師事する。2022年-2023年、オーストリアのウィーン美術アカデミーに交換留学し、アラステア・マキンブン(Alastair Mackinven)に師事する。2024年、東京藝術大学大学院卒業、画家 小林正人に師事する。
一斗缶に入った油絵具を豪快に手で掴み、重厚感のある厚塗りの絵画を制作する。初期にはマイケル・ジャクソンなどの著名人やポップ・アイコンとなる人物を描いた作品を制作していたが、2014 年のアメリカでの滞在制作をきっかけに、極めて抽象性の高い匿名の顔を描いた「DEPTH」シリーズを制作し、2016 年愛知県美術館での個展にて発表、2020 年に愛知県美術館に「I am a yellow」が収蔵される。2022 年に初の作品集「Rock is Dead」を出版。「Rock Star」、「TIME」シリーズをはじめ、近年では、パンデミック期間に自身がネットニュースのトピックからインスピレーションを得て制作した「Picture Diary」シリーズを発表するなど、画家の視点で社会をリアルタイムに捉え、時にはポップに時には皮肉的に大胆かつ独創的なスタイルで時代を表現する。